パートナーに打ち明ける勇気を持つ

パートナーに打ち明ける勇気を持つ
カップルにはさまざまな形がありますから、EDのことを気兼ねなく話せる関係もあれば、気後れする関係もあるでしょう。しかしながら、ガイドのクリニックの現状では、お二人で来院される方は非常に希で年に1ケースあるかないか位で理想と現実には大きなギャップがあります。そして、専門の医師に相談することを勧めてあげることが肝心です。時流の言葉で言えば、QOL(生活の質)を高めるためのインフォームドコンセントの一環でもあるのです。男性はその治療が自分のためだけではなく、2人のためであることをパートナーに伝えることも大切です。

言うまでもなく、EDは男性だけの問題ではありません。恥ずかしがらずに、今の状況を正直に伝えることが治療の第一歩です。そして、多くの場合、治療が可能です。2人で受診すれば一挙両得EDは誰にでも起こり得る病気です。「打ち明ける勇気」を持つことで得られる精神的なメリットの大きさは計り知れません。

もう年だからとか、有効な治療法がないからなどとあきらめる必要はまったくありません。一方、女性には、なかなか自分のほうからは切り出しにくいという男性の気持ちをやさしく察して、悩みを共有していただきたいのです。EDを克服して、パートナーとの心身双方の関係が改善すれば、人生もより豊かになるはずです。後者の場合、EDの疑いのある男性にとっては、話しづらい面があるかもしれませんが、まずは勇気を出して悩みをパートナーに打ち明けてみましょう。パートナーに打ち明ける勇気を持つ恥ずかしがらずに、パートナーに今の状況を正直に伝えることが治療の第一歩です 前ページの例のように、相手がEDだと分かっても、なかなか女性のほうからED治療薬を使ってみたらとは言い出しにくいようです。

EDのメカニズムやED治療薬の効能、副作用などについて、共通の問題として、医師から聞くことのできる利点も大きいでしょう。パートナーにも大きな影響を与えています。EDの治療を受ける際には、パートナーの理解を得ることも大切です。しかし、あれこれ頭で考えていても埒(らち)があきません。ですから、EDは性生活に関わる2人の問題だと考えれば、治療は男性だけでなく、パートナーと一緒に受けたほうがベターでしょう。

ED治療はパートナーと一緒に受けるべき?

ED治療はパートナーと一緒に受けるべき?
男性にとって、性生活と社会生活の満足度が密接に結びついていることが分かります。さらに「性交時に今までよりも硬い勃起が実現できた場合の気持ち」を尋ねると、87%が「パートナーとの性生活に満足できた」と答えています。また、約35%が「よく眠れるようになった」「仕事への意欲が上がった」としています。よりよい性生活」で人生に潤いを豊かな性生活によって、日々の生活や仕事にもプラスの影響が… 「よりよい性生活に関する意識調査」で「日々の暮らしによい影響をもたらす」と回答した750人に、その内容をたずねたところ(複数回答)、約65%が「生活に張り合いが出た」「生活が楽しいと感じた」と答えています。しかし、現状では、ED治療薬が最良の選択肢です。

パートナーの理解ある手助けは何より心強い支えとなるはずです。とはいえ、ED治療薬を使わず、ダメなままよりは、はるかに大きな幸せを得られるはずです。性生活はパートナーに対する深い愛情や信頼関係でより豊かなものとなります。EDのことを相手に直接話せないが、ED治療薬を飲ませたいので本人に代わって処方して欲しいという相談もよくあります。調査結果をもう少し見ていきましょう。

軽〜中程度の勃起機能の低下が見られる男性1000人を無作為に抽出して行われた「よりよい性生活に関する意識調査」(2005年9月)によると、調査対象となった男性(30〜59歳)の実に75%が「性生活に満足していると、日々の暮らしに良い影響をもたらす」と実感していると回答しています。満たされた性生活は肉体的な満足度ばかりでなく、日々の張り合いや積極性、意欲などの自覚という形で人生に潤いを与えます。回答内容はそのことを雄弁に物語っています。世代や既婚・未婚の別を問わず、結果は同様でした。EDに対する女性の心理とは?潤いのある性生活には身も心も委ねられるパートナーの存在が不可欠。

本人でないと処方できないのでお断りしていますが、逆に、ED治療薬を使わずに治す方法はないかと尋ねられることもあります。ED治療薬を飲んで自信を回復し、ED治療薬なしでも、本来の勃起を取り戻す方も多いのも事実ですが、基本的にED治療薬は飲んだときだけ良くなるという道具のような薬で、EDを元から治せる訳ではありません。

設問のうち「陰茎の形状」に関する項目では、回答者419人のうち過半数が「(よい性生活につながるのは陰茎が)より硬くなること」、3割近くが「より大きくなること」と答えています。では、パートナーがEDと分かったとき、女性はどのような心境になるのでしょうか。「何も言えないけれど、何とか治して欲しい」というのが本音のようです。

がんはからだの一部

がんはからだの一部
がんという病気には、ふつうの病気とは違ったイメージがあります。なにか、得体の知れない、恐ろしいものという受け止め方が、私やあなたにあるのではないでしょうか。それはなぜかといえば、がん=死に病、と思われていることです。体内の他の臓器に転移して無限に増殖すること。末期になるとはげしい痛みに襲われるこ、などが結びついて、がんのイメージがつくり上げられているからでしょう。

がんは英語ではキャンサー、ドイツ語ではクレブスといいます。どちらも蟹という意味です。蟹は甲羅が硬く、ごつごつして背が盛り上がり、足が何本も出ています。そのイメージが、がんに結びついたのでしょう。これを漢字で書けば「癌」。やまいだれを取ると、山の上に石が3つあります。これも、小高く盛り上がって表面がごつごつしているがんの姿を表しています。このように、一般に恐れられているがんですが、実は私達の分身、つまりからだの一部なのです。

私たちの体は約60兆個もの細胞でできています。そのもとは、父親の精子と母親の卵子が結びついた1個の受精卵です。それが分裂を繰り返し成長し、遺伝情報によって、男になるか、女になるか、肌の色が白くなるか、黒くなるかなどが決まります。

医師をどこまで信用するか

医師をどこまで信用するか
病院の外来はいつも大変混んでいます。3時間待って3分間診療とよくいわれましたが、それでも患者さんの数は減らないのです。総合病院に行くと、まず検査です。いろいろ検査をされて、1週間後にその結果が出て、「異常ありません」といわれるのが普通です。たいした診察もされず、検査結果だけを聞かされて、「ありがとうございました」と心から言って帰る人が、はたして何人しるでしょうか。

また、病院によっては、行くたびに担当の医師が変わることがあります。前回に診てもらった医師から話を聞くのと、違う医師から説明を受けるのとでは、患者さんの受け取り方が変わってくるのは当然です。医師の責任の程度も違ってきます。たとえ、診察の結果に異常がなくても、こうしたやり方では患者さんに満足感とか安堵感は生まれないのではないでしょうか。

それにもかかわらず、病院へ行く患者さんの数は減らないのですね。なぜかというと、患者さんは医師を信頼しているのではなく、医学を信頼しているからです。医学を支えているのは検査です。だから、検査で異常がなければ、それでよしとしているのです。

患者さんの方にも問題がないとはいえません。そういう検査中心の診療をされることがわかっていて、なぜ病院へ行くかということです。たとえば、風邪をひいたという程度なら、検査をしなくても自分でわかります。1週間たっても、2週間たっても治らない、いつもの風邪と違うという場合は別ですが、そうでないなら、病院へ行くこともないのです。

データ中心の医療

データ中心の医療
最近の医学は、ずいぶん進歩しました。検査体制に充実によって、個人のデータが多く得られるようにもなりました。病院に行ったときのことを頭に思い浮かべてください。外来で、まずされることといえば検査です。

尿の検査、血液の検査、レントゲン撮影と、まるで流れ作業のように進みます。データが出てくると、医師は患者の方を見ずに、データを見て説明します。そして、あなたは異常ありません。病気じゃありませんよ。となるのが大部分です。

しかし、これでいいのかという疑問があります。かつて「名医が存在する間は医学は科学たり得ない」といわれた時期がありました。名医は経験をもとに治療をする。だが、経験だけに頼ってはいけない。あくまで客観的に、科学的に判断することが大切だ。医学が進歩すれば名医は必要でなくなる―――こういわれたことがありました。

なるほど、医学は、あくまでも科学性を追い求めて進歩してきたのですが、はたしてそれがすべてなのか。むしろ、医学は本当の科学にはなりえないのではないかと思っています。

それは、医学の対象が人間だということです。人間はモルモットではありません。性格、体質、みな一人ひとり違います。その違う人間を束ねて、名前を消して、その人の背景を塗りつぶして、テータだけを取り出して一般化することはできないのです。

半健康 半病気

快適健康生活で暮らすためには様々なことを考える必要があります。たとえばちょっと血圧が高いという程度で日常生活にさして影響がないのは病気と健康のどちらに入るのでしょうか。ふだん、病気のことは意識したこともないのに、健康診断を受けたら異常がみつかった。これは快適健康生活や健康でしょうか。それとも病気でしょうか。そう考えると、病気でないのが快適健康生活、快適健康生活でないのか病気、とは簡単にいえないと私は思います。

半健康という言葉があるのをご存知でしょうか。朝起きたら体がだるい。会社に行きたくない。仕事が終わってもぜんぜん精気がない。ようやく1日が終わってヤレヤレと思う。こんな状態を半健康といいます。快適健康生活ではありませんよね。

最近は健康診断がはやっています。病気の早期発見、早期治療がさけばれて、職場とか地域とか、いろいろなところで盛んに行われています。快適健康生活には大切なことですが・・・・。

ところが健康診断の結果に、精密検査を必要とするに印を入れられた人が、病院に行って精密検査を受けることになります。しかし、診断結果の「正常」と「異常」は、どこまでが正常で、どこからが異常なのでしょうか。血圧の正常値は、だれが、何に基づいて決めたのでしょか。

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